大倉忠義さんの演じるヴァレンティンと、渡辺いっけいさんの演じるモリーナ。

二人の存在が、思っていたよりもずっと奥深くに住みついたままでいる。

 

「蜘蛛女のキス」のなかでモリーナが語って聞かせた黒豹女や、ヴァレンティンが想いを寄せたマルタ。誰かが誰かに想われているというのは、どういうことなんだろうと考えるきっかけになった。愛される形とは。想うということとは。

どんな関係が正解であるかではなく、視覚的に見ることができない人と人との繋がりを、目に見えているかのように感じられたのが「蜘蛛女のキス」だった。

 

いつだって舞台を観る前は尋常じゃなく緊張するけれど、今回は必然的に神経が研ぎ澄まされていく舞台だった。

 

まず舞台を見ていて驚いたのは、照明さんの技術。

モリーナがカーテンを閉めるタイミングに合わせて、シャッと閉めたらスッとスポットライトを消す、そ瞬発力が凄かった。しかもその場面が何度かあり、渡辺いっけいさんとの息が合っていて、照明さんがどれほど役者さんの動き一つに全神経を集中させているかが伝わった瞬間だった。

 

牢獄であっても終始明るく振る舞うモリーナの様子が一変するのが、所長室の場面だった。

看守にモリーナが呼ばれた時の尋常ではないうろたえ方、所長を目の前にして震えが止まらない姿を見ていると、圧力をかけられているだけではない、もっと卑劣なことがモリーナの身に起きているのではとよぎった。

このモリーナが呼ばれるシーンでの扉の変わり方は一瞬で、マジックのようだった。すごいセット展開だと感動した。味気ない木製の扉から、きらびやかな金の装飾が付いた重厚な扉に変わる変化が、明らかな二つの空間の違いを表しているようで、それが観ていてつらかった。自由への希望に近づく空間であるはずなのに、怯えているモリーナの姿と所長の不気味なあっけらかんとした声に、違和感ばかりが増幅していった。

 

モリーナの話を聞きながら、「スパンコールってなんだ!」とぶっきらぼうに言うヴァレンティンに、「知らないの?ガラスに似てキラキラと光るものよ」と教えるやり取りは、眠る前に絵本を読んでもらう子供のように見えた。ヴァレンティン自身が、そういうものに触れない生活をしてきたのかもしれない。だから、上流階級の彼女に惹かれる自分に嫌悪感を持っていたのでは?とも思った。

その後のシーンでも、「スパンコール…」とモリーナが言いかけて「スパンコールはもういい!」と大きな声を出すヴァレンティンが大人げなくて可愛く見えてしまった。

「ヴァレンティーナ」とふざけて言ったモリーナに、「俺は女じゃない」と怒るヴァレンティンも可愛らしくて。“怒る”感情の中にも、本気で怒っている時、ムキになっている時、動揺している時など色々な変化があるように感じた。

(台詞については正確なものではなく、ニュアンスで記憶しているものです。)

 

ヴァレンティンが話の邪魔をして遮るので、物語の佳境を再現して話すものの「驚いてハッと振り向いた!ハアーッ!」を何度も繰り返す羽目になるモリーナ。毎度全力なのが面白くて、この瞬間は少し気を緩めて笑顔で観ることができた。

しくしくと泣きだすモリーナに、なだめる言葉をかけるヴァレンティンの声は優しくて、聞いているこちら側が動揺するくらい穏やかだった。後のヴァレンティンの台詞で、何度も自分の前でそうやって泣くじゃないか。と話すような台詞があり、これまでもそういうことがあったんだなと読み取れるその会話が好きだった。


二人の話し声に集中しているからこそ、それ以外に聴こえてくる音がやけにくっきりと耳に届いた。遠くから聞こえる犬が吠える声や、看守が音楽を流しながら鼻歌を歌って、上司に怒られている声。音数が少ない分、音からの情報を得ようと耳が全力で稼働する初めての経験だった。

みんな女だったら拷問する人間はいなくなるというモリーナにバレンティンは「女だけになったら男が好きなアンタは困るんじゃ?」と言う。このやり取りは中々に核心をついていていじわるでもあるけど、ヴァレンティンの声でいたずらっぽく言われると、モリーナも「一本取られた…!」と素直にくやしがるしかないのも分かる気がした。

 

沢山の二人の会話のなかで、個人的に好きだったのは

突然、腹が痛みだしたモリーナに、話していれば気が紛れるとヴァレンティンがあたふたと提案する場面。うずくまり悶えているモリーナに寄り添って、矢継ぎ早に話し続けるバレンティンに「うるさいっ!」とモリーナが言い放って、「うるさい?!」と面食らうバレンティン。初めて二人の関係性が形勢逆転した瞬間を見られたような嬉しさがあった。

 

序盤は完全に分けられた空間だった牢獄と所長室の部屋が、ある時を境に終盤2つのシーンを同時に見ているかのように重なる。

同じ空間の中で二つのことが進行していて、一方ではモリーナが所長と話をしていて、ヴァレンティンは投げてしまったフルーツケーキを片づけ、モリーナがさっきまで居た方を見つめたりしている。一人寂しげに残ったヴァレンティンの様子は儚げで、本当にモリーナがここを出て行ってしまったらどうなるのだろうとヴァレンティンのこれからを想像させた。


モリーナが上からの圧力をかけられていて、バレンティンが狙われていると分かったシーンで1幕は終わった。原作を読んでいなかったから、この展開に心底驚いた。
まさかの裏切りに、どこまで本心から所長と手を組んでいるのかと疑心暗鬼になりながらモリーナの台詞を聞いていると、所長にこのままでは戻れませんと言い、母からは差し入れをいつも貰っていると話すモリーナ。

気が動転しているなかで懸命に知恵を絞って頼む物は、ミルクやマーマレード、ビスケット、鶏肉など、よく聞けばバレンティンの身体を思っての食べ物ばかり。聞いているうち、それに気付いた時の安堵は言葉に変えがたいものだった。心の底からの裏切りではなく、ヴァレンティンに対する思いやりが残っていて、そこに嘘がなくてよかったとホッとした。

あの時代を考えると、モリーナが頼んでいる物は一般階級でもそう食べることができないのではないかと思うような贅沢品ばかりで、砂糖漬けのフルーツもおいしそうだなと印象に残った。

 

今度はヴァレンティンの体調が悪くなり、腹が痛くなる。お願いだから手を握っていてと懇願する声は、か弱くて素直だった。
身体中が痒いと訴え、あるだけの水を使い切りタオルをお湯で濡らすモリーナ。背中を拭くとモリーナが言い、ゆっくりと後ろを向いたバレンティンの背中には大きな痛々しい傷が残っていた。赤茶色く、何本もの線の跡がある。その傷が見えた時、これまでどれほど恐ろしいものを目にしてきたのだろう、何度もそういう目に遭っていたのかと考えて胸が苦しくなった。

一瞬黙り込むモリーナだけど、間を置いて、声をかけてからゆっくりと背中を拭く。ふふ…と小さく笑うバレンティン。どうして笑うのと尋ねるモリーナに、「もう背中が痒くないからだよ」と答えてから、また力無く小さく笑うバレンティンの声。ご褒美をもらって喜ぶ子供のように無垢だった。

 

彼女の話を「今日はここまでだ」と止められ、「仕返しされた…!」と悔しがる場面と、ヴァレンティンが話す24歳の彼女の話しを聞いて「私より14も下。…16も下」と年齢のサバを読み自己申告で戻す場面は、モリーナに可愛らしさを感じずにはいられなかった。

モリーナの苦しみの意味に気づかないバレンティンにはいつも焦れったかったけど、ベッドに座っているモリーナに近づき、「なにか隠していることがあるのか?」と尋ねるヴァレンティンを見ると、悪気があるわけではなく、物事を多面的に見ることが得意ではないんだなと感じられた。

 

元気づけようと懸命に世話をするモリーナの気持ちを考えず、紅茶とフルーツケーキをテーブルごと投げ飛ばしてしまうヴァレンティン。呆然と立ち尽くすモリーナ。一瞬にして変わった空気に、あれは駄目だ…と思った。些細なことではなく、モリーナにとって決定的だと見ていて分かる空気。
なのにすぐに謝るヴァレンティン。「こっちを見てくれよ」と言うヴァレンティンも印象的で、劇中、何度か「こっちを見てくれ」と言っているシーンがある気がした。ヴァレンティンにとって、目線を合わせることが重要なことだと考えているとしたら、荒さの中にそんな繊細さはずるいだろうと思った。

 

明らかな八つ当たりをされたのに、モリーナは結局本気で怒ることはせず「今日は扱いにくいっ」と言って受け止めていたのも印象的だった。

そこで許すことができる度量の大きさ。扱いにくいとは言いつつも愛想は尽かさず、バレンティンの気まぐれを受け入れている様子を見て、これまでもそうして狭い空間で距離感を保ってきたのだろうと感じた。

自らに降りかかる理不尽さをかわすしなやかさをモリーナは持っていて、それが素敵だと思った。そしてきっと、気難しいヴァレンティンの扱いを誰より分かっているのはモリーナだった。

 

あれほどモリーナに辛辣な言葉を投げたり、モリーナの苦悩に気づかず、空気を察することなどしなかったヴァレンティンが、最後に「いまキスしてほしいのか?」と言葉をかけた。

無言でいたモリーナに不意をついたその言葉は、そのあとのキスよりもロマンティックにみえた。

 

まとめた荷物を持って、しゃんとした姿勢で扉の向こうへと歩くモリーナ。

これまでは看守に呼ばれてヨタヨタと歩いていたモリーナが、ラストでは気高くしっかりとした足並で歩いて行く姿は優美だった。扉の向こうは真っ白な景色。モリーナを黙って見送るヴァレンティンの背中。その背中は、見送ると言うよりただ立ち尽くしているようにも見えた。

 

そんなヴァレンティンの前で、バタン!と大きく音を立て、扉は閉じた。

その瞬間に暗転。その暗転が、この後の全てを物語っているようで苦しくなった。

不安な気持ちでいると暗転が開け、いつものように二人があの空間に居る。よかったとほっとしていると、二人が明るく話し始める。

保釈されたモリーナのその後を語るバレンティン。モリーナが聞いている。そして立ち替わり、モリーナがバレンティンのその後を語る。話の続きを聞かせてくれよと言うバレンティンに、いつものように語り聞かせてあげるモリーナ。
モリーナは革命を志す仲間に会いに行き、警察に取押えられる。逃げた仲間がモリーナを撃った。モリーナ自身が、“その時は”と仲間に頼んでいた。
バレンティンは尋問を受けた。短いけれど幸せなマルタとの夢を見る。
開かないはずだった扉が二人の前に開き、扉の向こうは真っ白で。出ていく二人。

そして舞台が終わった。

 

あまりに楽しそうにヴァレンティンとモリーナが話しているから、つられてつい笑顔になりながら聞いていたのもつかの間、その後の話を二人が語っているのだと気づいた時の哀しさは言いようのないものだった。これからの話ではない。あれほど聞かせてくれた映画の話でもない。

別れ別れになったヴァレンティンとモリーナを幻想のなかで再開させ、二人に語らせると言う演出は、究極に切なく優しかった。

セット展開をせずに、二人芝居でその後の場面をどう見せるのだろうと思っていたら、そういうことになるのかと圧倒される演出だった。シンプルだけれど、他の誰に語らせるよりも胸を裂く哀しさがあり、そこが二人きりの空間だったということが感じられた。牢獄の中だけで起きたことで、ヴァレンティンとモリーナの会話は外の世界に繋がってはいなかった。

 

会話劇だからこその魅力、二人芝居というものの魅力、「蜘蛛女のキス」は自分にとって初めてのものに触れることの楽しさを知る舞台になった。

やっぱり舞台は楽しい。実体のあるものとして、そこで起きている事を自分の目で見られるからこそ、感じ取り信じられるものがあると思える。どうしても、観たい気持ちのままに公演している舞台の全てを追いかけることはできないけれど、だからこそ観に来ることができた舞台には誠意をつくして向き合いたい。

これからどんな舞台に出会うのかを楽しみにして、観ることができた作品を、ひとつずつ本棚にしまうように記憶に置いていきたいと思う。